病気の話

【第69回】
新しい片頭痛の予防薬

 今年の5月から新しい片頭痛予防薬が医療機関で使えるようになりました。

 片頭痛の治療薬には2種類あり、ひとつは頭痛発作が起きたときにそれを鎮めるための薬(現在はトリプタン製剤と呼ばれる薬が主流です)と、もう一つは発作頻度を抑えるための予防薬です。これまでにも予防薬は何種類かあったのですが、その内容というと、(元々降圧薬だった)カルシウム拮抗薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、交感神経の働きを抑える不整脈の薬などバラバラです。こうした薬は、片頭痛のメカニズムから開発された訳では無く、たまたま昔からあった薬が片頭痛の予防に効果があることが分かり使われるようになった経緯があります。

 片頭痛が起こるメカニズムというのは単一のものではないと考えられており、上記のような予防薬もAさんには非常に効いてもBさんには全く効かなかったり、あるいは副作用で使えなかったりします。また複数の予防薬を使っても、頭痛発作が十分減らないこともあります。

 近年、CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)という物質が片頭痛の発症に重要な役割を果たしていることが分かってきました。

 例えば、片頭痛発作中には血液中のCGRPが増えますが、薬で頭痛が軽減するとCGRPも減るということが報告されています。またCGRPを人に注射すると片頭痛に似た頭痛が誘発されることも分かっています。これにより、複数の製薬会社でCGRPの働きを抑える薬の開発が進み、3つの製薬会社からそれぞれ注射薬(エムガルティ、アジョビ、アイモビーグ)が発売されました。

 基本的には月1回の注射は必要で、皮下注射ですのでお腹や太ももに注射をします。

 その効果ですが、治験では1ヶ月あたりの頭痛発作が平均して約半分になっています。副作用ですが、注射した部位の痛みや発赤以外に副作用はあまりないようです。ただし発売されたばかりの薬なので、この薬を長期(数年)に渡って使用した場合の身体への影響はまだ分かっていません。また治験では、効果が無かった方も2割程度います。問題となるのはその価格です。これらの薬は非常に高価な薬で1本がおおよそ4万5千円になりますので、3割負担の方だと1本注射をすると薬剤費だけで1万5千円の負担になります。良い薬なのは分かりますが、なぜこんなに高いのでしょうか?

 これらの薬はモノクローナル抗体薬品という種類の薬です。CGRPもしくはCGRPが結合する受容体という特定の分子の働きを抑えたい場合、既存の化学物質ではなかなかうまくいきません。こうした目的に適しているのがモノクローナル抗体薬品なのです。モノクローナル抗体は、ある特定の分子の働きを抑えるために非常に適した技術で、抗癌剤など様々な医薬品に用いられています。ノーベル賞をとった本庶先生の研究によって作られたオブジーボという抗癌剤も、モノクローナル抗体薬品です。この技術は画期的なもので、これまで不可能だった医薬品を可能にしたのですが開発費が非常にかかるため薬品の価格もこれまでの薬とは桁違いになっています。オブジーボも画期的な抗癌剤ですが、発売当初は「こんな高い薬が多く使われたら医療財政が破綻する」という意見が多く出ました。

 今回発売された3種類の注射薬は画期的な片頭痛予防薬ですが、現在服用している薬でそれほど困っていない方はあえて切り替える必要はありません。

 現在受けている治療でも、頭痛発作が頻回にあり生活や仕事に支障がある方や予防薬の副作用で困っている方は試してみても良いと思います。


 
令和3年11月
天沼きたがわ内科(https://amanuma-naika.jp/
北川 尚之
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