病気の話

【第92回】
手根管症候群について

はじめに

 日常外来において手のしびれを訴える患者さんを診療することがしばしばあります.脳から出た神経が首を通って指先にいたるまでのどこかで障害されているはずなのですが,腱鞘炎や血流障害による症状も「しびれ」と表現されることもあり,その原因は多岐に渡ります.手のしびれを生じる病気のひとつとして手根管症候群があります.中高年女性に好発する絞扼性神経障害です.特徴的な臨床症状がみられるような典型例では診断は容易ですが,しびれよりも痛みを強く訴える場合もあり,他疾患との鑑別に迷うことも少なくありません.本稿では手根管の解剖をふまえた上で,手根管症候群の原因・素因,症状・診断,治療,予後について解説します.

解剖

 手根管は「てくび」ではなく,「手のひら」に位置しています.具体的には手根骨と屈筋支帯で囲まれたトンネルのことを指します.手根管内を9本の屈筋腱とともに正中神経が走行し、母指から環指の橈側半分への感覚および母指球筋などの運動を司っています.

原因・素因

 手根管内の圧力が高まり正中神経が圧迫されることが手根管症候群の原因となります.閉経後の中高年女性や妊娠出産期に好発しますが,これはホルモンバランスの乱れから手根管周囲の組織が浮腫むことが一因とされます.糖尿病もリスク因子のひとつです.関節リウマチ、ガングリオンなどの腫瘍性病変、手関節周囲の骨折・脱臼・変形などが関与することもあります.手の酷使も影響する場合があります.長期血液透析を行っている症例も手根管症候群を生じやすいです.最近のトピックスとして,トランスサイレチン型心アミロイドーシスとの関連が示唆されています.とくに高齢男性の両側例などは心臓の症状が無くても循環器内科と連携して診療していく場合があります.

症状・診断

 自覚症状で最も多いのは手のしびれです.典型例では母指から環指の橈側半分に知覚鈍麻を生じ,手指・手関節の使用により悪化します.痛みを訴える症例も少なくありません.明け方にしびれ・疼痛が増強して目が覚めることもあり,起きて手を振るとしばしば軽減します.重症例では母指球筋が萎縮し,母指対立運動が障害されます.そうなるとしびれに加えて,手がやせた,小銭をつまみにくい,ボタンをかけづらい,などと訴えるようになります.
 診察では手根部を軽く叩くと指先にしびれが放散するTinel様徴候や手関節を最大掌屈位に約1分間保持することでしびれが増強するPhalenテストなどを確認します.母指球筋萎縮が進行した症例では、母指と示指で完全な丸(Perfect O)が作れず、また、母指と小指の指腹部をピタッと合わせることが出来ません.
 検査として,単純X線(レントゲン)検査と神経伝導検査を私は行っています.単純X線では骨関節病変の有無を確認します.神経伝導検査では障害部位や重傷度の判定が可能で、頚椎病変の関与や、糖尿病性神経障害などとの鑑別にも有用です.神経伝導検査を超音波検査で代用する報告が近年散見されます.ガングリオンや腫瘍を疑った症例や屈筋腱腱鞘滑膜の増生の程度を判定する目的でMRIを行なうこともあります.

治療

 手根管症候群の多くは保存療法が有効といわれています.具体的には,手の挙上,副子や弾力包帯による手関節の固定,ビタミンB12製剤の内服,手根管ブロック注射などを行います.妊娠出産に伴う手根管症候群では,ホルモンバランスの早期回復を期待して授乳を中止して人工乳とすることをご提案しています.糖尿病や関節リウマチなどの基礎疾患を有する場合は,それぞれの疾患に対する治療を併行して行っていただく必要があります.
 保存療法を2-3か月継続しても症状の改善がみられない場合や経時的に悪化する場合,あるいは初診時にすでに母指球筋萎縮がある場合には手術を考慮します.手術は屈筋支帯を切離して正中神経への圧迫を軽減させる手根管開放術を行います.手根管開放術には直視下手術と内視鏡を用いた鏡視下手術があります.適応やリスクに違いがありますが,最終的な成績に大きな差は無いといわれます.母指球筋萎縮が強く,母指対立運動障害がある場合は,長掌筋腱などを用いた母指対立再建術を併せて行うことがあります.

予後

 早期に適切な治療を行えば徐々にしびれや疼痛は軽快していくことが期待できますが,発症後長期経過している症例や重症例では手術しても症状が残存することもあります.丁寧な身体所見の診察と適切な補助検査を行い、病態に応じた治療法をタイミング良く施行することが重要です.


図1:手根管症候群の解剖と症状 典型例では母指から環指の橈側半分に知覚障害が生じ(グレー部分),重症になると母指球筋が萎縮する(×印).@正中神経,A屈筋支帯

出典:『からだの科学 240』2005年1月号 通巻 240号
[手]手根管症候群 岡崎真人・仲尾保志


文献:岡崎真人,仲尾保志:手根管症候群.からだの科学 240: 31-33, 2005
http://www.jssh.or.jp/ippan/sikkan/pdf/1shukon_4.pdf
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/sp/contents/medical_info/presentation/202106.html


 
令和5年11月
河北総合病院整形外科(https://kawakita.or.jp/suginami-area/kgh/
岡ア 真人
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