【第18回】
男性不妊症の診断と治療
(講演抄録)
我が国における2014年の総出生児数は約100万人であった。一方、日本産科婦人科学会の集計によれば、当該年に体外受精(IVF)、
顕微授精(ICSI)といった生殖補助技術(ART)により生まれた出生児数は約47.000人であった。
すなわち、我が国において生まれてくる赤ちゃんのうち、実に21人に1人がARTという先進的不妊治療で生まれたことになる。
この原因には晩婚化や挙児希望年令の高齢化が第一に挙げられ、昨今の「35歳になると卵の老化が始まり妊娠しづらくなる。
若いうちに子供をつくるべき」という「35歳の壁」報道は、ショッキングであり啓蒙的であった。
生殖医療に携わる一医師として、結婚後1年して妊娠しなければ、速やかに不妊症専門の医療機関を受診して、夫婦それぞれ検査することを薦めたい。
現在、挙児希望夫婦の6組に1組が不妊症と言われ、WHOの調査によると不妊原因の48%が男性側に存在する。
男性不妊の原因は、勃起・射精といった性生活がうまくいかないもの(性機能障害)と、精液中の精子性状が不良なものに大別され、
精子性状が不良なものには、精巣(睾丸)での精子を造る機能が不良なもの(造精機能障害)と、
精子の通り道が詰まっているもの(精路通過障害)に分類される。本講演では、精子性状が不良なものに対する診断と治療を解説した。
男性不妊診療の流れは、問診、診察、検査(精液検査、ホルモン検査(採血)等)と続く。
問診では、夫婦の結婚期間、挙児希望期間、性生活、奥様の産婦人科的検査・治療状況に加えて、
ご主人の思春期発来時期、性機能、病歴、手術歴、薬歴、嗜好(喫煙、飲酒)等を聴取する。
喫煙は血管を収縮させ、造精機能を障害する。
男性型脱毛症治療の内服薬には抗男性ホルモン作用があり造精機能障害を引き起こすため、ただちに内服中止を指示する。
診察では、陰毛や陰茎の発育度合を視診し、精巣サイズ、精子の通路(精管、精巣上体)、精索血管(精索静脈瘤の有無)を触診する。
精巣サイズが小さいほど造精機能が不良となる。
腹圧上昇時に左精巣周囲の静脈が腫れる「精索静脈瘤」は、精巣温を上昇させ造精機能を障害する。
精液検査は2〜7日間の禁欲の後に複数回施行する。造精機能は視床下部→下垂体→精巣というホルモン調節機構によりコントロールされており、
下垂体よりのゴナドトロピン(FSH、LH)と精巣よりの男性ホルモン(テストステロン)を検査(採血)する。
以上の諸検査より、男性不妊の原因が診断される。
精子性状より無精子症、乏精子症(精子が少ない)、精子無力症(精子運動が不良)に分類され、その原因は約85%が造精機能障害、
約15%が精路通過障害である。
乏精子症や精子無力症に対しては、精子性状を少しでも改善させることが治療目標となる。
精索静脈瘤が存在する場合には、精索静脈瘤手術(精索静脈瘤を引き起こす精巣静脈を結紮する)により、50-60%の症例で精子性状が改善し、
35―40%の症例が妊娠したというDATAがある。
原因不明の乏精子症や精子無力症に対しては、漢方・マカ・亜鉛・葉酸・コエンザイムQ10・ビタミン剤等の内服治療が経験的に使用されているが、
その有効性にはエビデンスが乏しい。最終的には、性状不良精子を用いたIVF、ICSIといったARTを産婦人科にお願いしている。
無精子症に対しては、その原因が避妊手術としてのパイプカットによる精路閉塞ならば、
積極的に拡大視野下の精路再建手術(精管吻合術)を薦めている。症例を選べば、本手術による精子出現率は約80%であり、
30-40%の症例に自然妊娠が期待できる。
精路再建術が不可能な閉塞性無精子症や、造精機能障害による非閉塞性無精子症に対しては、
外科的に直接精巣から精子を採取(精巣内精子採取術(TESE))して、産婦人科での精子凍結→顕微授精(ICSI)に供するという
泌尿器科と産婦人科の連携治療が施行されている。我々のチームでも、荻窪病院泌尿器科の演者(大橋)がご主人のTESEを施行し、
関連の産婦人科不妊治療施設である「虹クリニック」で精子凍結、ICSI、受精卵(胚)の子宮内移植を施行している。
TESEでの精子採取率は、閉塞性無精子症では約90%以上、非閉塞性無精子症では約30%であり、
ICSIによる受精率は60-70%、受精卵(胚)の子宮移植による妊娠率は約30%である。
日本生殖医学会における生殖医療専門医数は、2016年現在596人いるが、551人(92%)が産婦人科医であり、
男性不妊を専門とする泌尿器科医は45人(8%)のみである。演者(大橋)も泌尿器科生殖医療専門医の一人であり、
荻窪病院泌尿器科における2015年の男性不妊初診数は338人にのぼり、年々増加傾向にある。
若い泌尿器科医に生殖医療に興味を持ってもらい、男性不妊医療を専門とする人材を増やす努力が望まれている。