【第116回】
  依存と嗜癖(しへき)について
A)はじめに
 2019年5月、世界保健機関(WHO)は「ゲーム依存症」を国際疾病分類第11版(ICD-11)において正式に精神疾患として認定しました。
 これは、デジタルゲーム(スマートフォンゲーム等)やビデオゲーム(スイッチ、プレイステーション等)に過度に没頭し、生活や健康に支障をきたす状態を「Gaming disorder(ゲーム行動障害)」と定義したものです。
 この報道を耳にした方の中には驚かれた方も多く、特に若い世代では「ゲームが病気なのか」と反発の声もありました。
B)ゲームと社会の現実
 私自身を含め、家族8人のうち7人がゲームを楽しんでおり、皆楽しそうに過ごしています。
 任天堂やSONYといった日本企業が世界をリードし、プレステやスイッチは今やAppleのiPhoneに並ぶ「日常の一部」となっています。
 その意味では、「ゲーム依存症」という病名は“Made in Japan”の、あまり嬉しくない輸出品と言えるかもしれません。
 では、世界中のゲーマーが皆「依存症」なのでしょうか? WHOの定義をよく読むと、「生活や健康に支障をきたす状態」とあります。
 つまり、“楽しんでいる限りは病気ではない”のです。
 しかし一方で、周囲に迷惑をかけたり、仕事や学業に影響するほど熱中している場合、本人が気づかなくとも、家族や職場が困っているということもあります。
 スマートフォン利用に関しては、すでに行政による規制も進みつつあります。
C)依存と嗜癖の違い
 ここで、「依存」と「嗜癖(しへき)」の違いを整理してみましょう。
【依存(Dependence)】
ある行動や物質に頼らなければ生活が成り立たなくなる状態です。心理的依存と身体的依存に分かれます。
・身体依存:長期使用で体がその物質を必要とする状態。使用をやめると禁断症状が出る。
 例)アルコール依存、薬物依存。
・心理依存:特定の行動・物質への強い精神的執着。
 例)ゲーム依存、ギャンブル依存。
特徴:「やめたいのにやめられない」「対象がないと不安になる」など。
【嗜癖(Addiction)】
依存の中でも特に、自分の意思でコントロールできず、悪影響が明らかでも止められない状態。
身体依存を伴わないことも多く、主に心理的側面が中心です。
例)ギャンブル嗜癖、セックス嗜癖、買い物嗜癖、食嗜癖など。
まとめると――
・身体+精神依存:アルコール・薬物依存 → 「依存症」
・精神依存中心:ゲーム・ギャンブル・買い物・性・仕事 → 「嗜癖症」
・摂食障害(食べ物依存)はその中間に位置します。
D)治療は可能か?
 残念ながら、依存・嗜癖そのものを「完全に治す」ことは困難です。
 なぜなら、依存は人間の心理的構造や人生経験そのものと結びついているためです。
 医療は「癒す」「支える」ことはできますが、「根を絶つ」ことはできません。
 精神医療は、生き方や家族関係、教育、価値観といった人生の領域には介入できません。
 したがって、治療の目的は「断ち切る」よりも「共に付き合い、生活を立て直す」ことにあります。
E)歴史と法的背景
 1920年代のアメリカでは禁酒法が制定され、麻薬・覚醒剤・コカインなどは現在も厳しく取り締まられています。
 一方、日本で広く用いられる睡眠導入剤「サイレース(フルニトラゼパム)」は、米国では毒薬扱いで持ち込み禁止です。
 買い物・ギャンブル依存も最終的には破産や家族崩壊に至ることがあります。
 日本でもギャンブルは原則禁止ですが、パチンコやIR(統合型リゾート)など、例外的に認められている領域もあります。
 人間社会の「快楽」と「規制」は常にせめぎ合いの関係にあります。
F)快楽原則と人間の本能
 精神分析の創始者フロイトは「快楽原則」という概念を提唱しました。
 これは、人間が無意識に快感を追い求める本能的傾向を指します。
 理性とは関係なく、私たちは常に「本能(快楽)」と「意識(理性)」のせめぎ合いの中で生きています。
例えば:
・食べる快感 → 摂食障害
・酔う快感 → アルコール依存
・褒められる快感 → 仕事依存
・興奮やハイ → 薬物依存
・金銭的快感 → ギャンブル依存
・攻撃・支配の快感 → いじめ、ハラスメント、戦争
・物を手に入れる快感 → 買い物依存
これらはすべて、人が快楽を追求する本能の延長線上にあります。
G)医療介入が必要な場合
 身体的症状を伴う依存??アルコール・薬物・摂食障害??では医療介入が必須です。
 依存症の方はしばしば自己中心的・過度に優しい・理想主義的などの性格傾向を示し、自ら依存を認めないことが多いため、治療継続が難しくなります。
依存を受け入れた場合、以下の治療が行われます。
・身体管理(体重・肝機能など)
・行動療法・認知行動療法カウンセリング
・家族支援・自助グループ紹介
・専門施設(例:久里浜方式)への入院治療
・睡眠障害や抑うつなど二次症状への薬物療法
 近年は、アルコール依存に対して抗酒薬「セリンクロ」が登場し、断酒だけでなく「減酒治療」も広がりつつあります。
H)おわりに
 日本の第一人者が語ったように、
 「アルコール依存症が治るかどうかは、神のみぞ知る」。
 これは依存症全般に通じる言葉でしょう。
 依存や嗜癖は誰にでも起こり得る“人間の性(さが)”です。
 その理解と共感こそが、治療や支援の第一歩です。
令和7年11月
野アクリニック
野ア 純



















