【第106回】
民間治療、自費治療(保険外治療)との付き合い方
長く開業医をやっていると、民間治療、自費治療について相談を受けることがあります。癌や進行性の難病、精神科の場合では治療に時間がかかる疾患(統合失調症や、難治性のうつ病や躁うつ病、発達障害等)で見聞きすることがあります。治療方針を決めるに際して、正直申し上げて、『情報迷子』になっている患者さんがとても多いと感じます。
このような状況は、医師から患者さんにできるだけの情報を開示する昨今の風潮と、インターネットで情報を簡単に得られることから生じているのではないでしょうか。
かつては、進行癌は患者さんに告知されることはなく、医師と家族のみが情報を持ち、患者さんに最適と思う治療を医師の判断で行っていました。それが現在は「あなたは〇〇癌ステージVで平均余命は○年です」などと告知されるのが普通です。冷静に受け止めて、残りの人生を構築できる患者さんには非常に有益な情報ですが、多くの人がパニックになってしまいます。
パニックになった患者さんは、まずネットで治療法を探すでしょう。そこで最初の方に出ている情報が、民間治療、自費治療です。Google検索の上位に来るために、自費治療の業者は大金を宣伝費として使っています。「副作用なしに難病が治る」「癌が消えた」「自費だが何年も寛解を維持している」と、業者は甘言を弄します。知識の乏しい患者さんが「お金さえ払えば何とかしてくれる」とすがってしまうのは、仕方がないことなのかもしれません。
民間治療がまずいのは、効果がない割に多額な費用がかかるだけではありません。標準治療(保険内の、現在における最善の治療)をすれば治癒したり、社会機能が保てるはずの時期を逃してしまうのが、最大の損失です。末期になってしまっては、現代の医学でもできることが少ないのです。
「薬は副作用が多い、民間療法は副作用なく治る」と、業者はまことしやかに宣伝します。でもこれは、はっきり言って嘘です。確かに薬には副作用があります。薬局で薬と一緒に渡される説明書には、多くの副作用が列記しています。これは製薬会社が長い時間と多額の調査費をかけて実際に薬を飲んでもらい、生じた有害事象を書き出したものです。頻度が極めて少ないものも律儀に記載されています。そもそも副作用が効果を上回るものは、薬として商品化されません。
一方、自費治療、民間治療の「副作用がない」「癌が消えた」「精神疾患が治った」と言った宣伝は、一見、科学的なデータを示しているものがありますが、実際は疑問符がつきます。効能そのものが眉唾だったり、体験者の絶対数が少なかったり(亡くなったり、治療から離れたり)します。第一、それほどの効果がある治療でしたら、とっくの昔に保険適応になっているはずです。
この真贋は、医療知識が少ない人にはわかりづらいと思います。ネットに溢れる医療知識は玉石混交です。どうか、かかりつけ医に遠慮なく聞いてください。「長引くうつ病が、マッサージで治ると聞きました」「発達障害は磁気治療で治せるのですってね」と、最近患者さんから質問されました。専門医には荒唐無稽と思えることを、インテリの患者さんが、治りたいあまりに真面目に信じておられるのです。
己の専門外のことを専門家に聞くのは、恥でも何でもありません。私も、自宅の不具合が出たら建築会社にまず相談するし、法的な問題が生じたら弁護士を頼るでしょう。ネットで調べるにしても、補助的なものに止めるはずです。
それでも、民間治療、自費治療をしたい患者様へ伝えたいこと。やらないのも悔いが残るのが、人間の心理です。「経済的、身体的に負担にならない範囲で、少しだけ併用」は、ギリギリありかと思います。
国民皆保険でレベルの高い治療が比較的安価で受けられる現在の日本で、どんな病気であれ保険内の標準治療からドロップアウトしてしまうのは、非常に勿体無いことです。
「標準治療が本道、民間治療・自費治療はやるとしても嗜好品」「玉石混交の医療情報から正しい方向に辿り着くためには、かかりつけ医にまず相談」を、改めて患者さんにはお願いしたいと思います。