病気の話

【第86回】
認知症の話(その後)、認知症の病気の再理解と新薬登場、おまけ付き。

1)まず「認知症とは」を再理解して頂きたく思います。

 日常臨床では、高年齢者の患者様から、最近物忘れが多くなって認知症ではないか心配している。「漢字も忘れるし、有名人の名前も出てこない」「ちょっと立ち上げって、あれ?」「大丈夫でしょうか?」とよく聞かれる話です。
 私達精神科専門医は、上記のような訴えは、まず年相応の健康健忘と診ます。
 但し、言葉が思うように出てこない(簡単な単語が)、立体感覚がなくなる(頭の中で地図が描けなくなる)、整形的な病状でなく簡単な動作が出来なくなる。億劫が続く(ものぐさになる)、無為になる、唐突な性格変化の出現(温和な方が、些細な事で急に怒りっぽくなる)は認知症の初期兆候です。

 認知症のステージ分類では、プレクリニカルステージ(「言葉が出てこなくなったなぁ」「何時も通っているのに、あれ道間違えた」などを自覚する、周りは異常とは感じない)、M.C.I(周りが、御本人の物忘れが強くなり心配する時期、知恵が働くなり詐欺に遭い易くなる)、認知症の前期(長谷川式認知症検査満点を取れないと今は発症です)、中期(着替えが出来なくなる、リモコンが使えなくなる)、後期(コミュニケーションが取れなくなる)になります。

 世間では「物忘れをした事を忘れると、危ないよ」と言われておりますが、正しくその通りです。認知症初期の兆候です。
 認知症がどうして「物忘れ症」の病名にならなかったか、ご存知でしょうか?
 見る、聞く、話す、感じる、味わう、嗅覚、痛覚が異常ない事が前提で話です。
 認知症の名前の最初の「認」は、注意力、観察力、抽象力、想像力、把握力、判断力、認識力…、次の「知」は、知識、知見、知恵…。この中には何処にも「記憶」は入りません。
 簡単に書けば、物事を理解、判断、了解、喜怒哀楽、計画、遂行、予想、予見、状況判断、危機管理、夢希望、をする事と持つ事が認知なのです。
 物凄く簡単に割り切って説明すると認知=知恵なのです。

 認知症は、上記の能力(知恵)が欠落していく病気で、結果として記憶の問題が2次的に発生します。では、どうして2次的なんでしょうか。

 記憶は、1)意識的に覚える(記憶、暗記、学習)、2)意識せずで、事象を覚えられる(記銘)、3)記憶及び記名した事項を思い出す(想起)に分けられます。
 意識的に記憶させた事を思い出す力は加齢により、低下していきます(健康健忘)。
 記銘は無意識で記憶が残る事で、例えば「今の月日、曜日、人の顔、ちょい話、食事の内容、歩いた道順、さらっと目を通した新聞内容、意識的に聞いていない音声」等での記憶です。
 私達人の脳は賢く、記銘した内容でも知恵を使えば想起出来るのです。日時、曜日を正確に知りたければカレンダーを見る、スマホを見る、人の顔と名前をお見出したければ、誰かに聞く、ネットで検索する、歩いた道順は、建物をも無意識で見てますので、建物を思い出して、新聞内容は捨てなければ、もう一度意識してみる(ネットでは過去の記事も調べられる)等。更に次の日に思い出した事を復習するのが大事です。
 しかし、知恵が落ちると、記憶、記銘した内容を思い出すためのヒントを使わない、探さない、頼らない事になり結果として「物忘れ」が出現しまう(病的健忘=認知症)。

 ここお読み頂き、「あれ」と思う方がいるかと思います。「精神」「感性」「欲望」はどこと?
 精神(抑うつ気分、幻覚、妄想、夢)、感性(不安、恐怖、心地良さ)、痒い、掻痒、快感、不快感、疼痛、欲望(睡眠欲、食欲、性欲)は上記の話の中の何にも属さないのです。
 この事が物凄く大事で、認知症になった方では、精神、感性、痛覚疼痛、快不快、欲望は正常なんです。幾ら認知症が重症でも。介護者の温かさ、優しさ、思いやり、は「言語能力(知恵を伝える、表現する手段)」が落ちて「ありがとう、助かります、感謝してます」等の気の利いた事など病状より当然言えませんが(言語化)、きちんと感じてます。
 では、逆に認知症の方が、不快を感じた時には、言語能力低下により、「どうして不快なのか」「どうして嫌なのか」「何が辛いのか」を言えない為、怒り(人を寄せつかせないように威嚇)、拒絶、興奮で表現するしかありません。
 (まとめ・補足):認知症の介護で大事なのは、御本人に何時も笑顔があるかです。

 では、発症後の認知症の物忘れはどのような事でしょうか、良く言われるのは、食べた内容を思い出せないのでなく、食べた事を思い出せない事が象徴的です。「あれ夕食、何食べたかな」より「あれ夕食、食べたっけ」です。
 私達の精神では、観察自我と称する自己の振る舞い、思考のT.P.O「大事な会話中でも、違う事を考えている」等をチエックする機能があります。認知症では、この機能が壊れ、自己の思考、行動をもう一人の自分が見る(チェックする)機能が無くなり、物忘れをしている自覚もなくなります。

2) 新しい薬の話では。

 現在認知症治療剤は4種類使われております。世界でもこの4種類だけです。20年以上前に使われるようになって、その後、全世界で、毎年200種類の薬が治験(効果がるか判定する事)されて来ましたが承認認可されませんでした。

 しかしこの度、アルツハイマー型認知症の新薬レカマネブがアメリカで認可承認され、日本でも今年の9月には認可承認(予定)されるようになりました。
 従来の4種類は簡単に言うと対症治療剤、今回の新薬は認知症を引き起こすアミロイドβを除去する根本治療剤です。わかり易く言えば、従来の薬は病状の痛みを止める、今度の新薬は痛みの原因となっている病状の原因の細菌やウイルスを抑える薬です。従来の4種類の薬剤は、アセチルコリンという脳神経系では絶対に必要な神経伝達物質を、認知症で減少した分を補う薬。
 今回の新薬は、正常な神経細胞に沈着して、正常な中枢神経細胞を壊して、認知症を引き起こすアミロイドベータと言う汚いタンパク質を分解する薬です(睡眠でもアミロイドβは除去される事が最近判明しました)。

 アメリカでの薬剤価は、1治療(点滴剤)が300万円以上。アメリカの保険医療制度は、松竹梅の民間保険型で、日本の公的保険医療制度と異なり、高い民間医療保険に入っていれば、アルツハイマー型認知症のステージに関係なく、誰でも希望すれば治療は受けられます。極端に言えば、祖父母、父親、母親に認知症の既往歴があれば発症の予防的にも使える。
 ところが日本では公的な医療保険で、アメリカのようには行かず、今後はどのステージで使えるのかは、厚生労働省から通達が出るとは思います。M.C.Iや病状初期の患者様には有用度は高いかとは思われますが、どのステージでも使えることを願っております。

3)最後に認知症の予防について(おまけ)。

 薬、サプリメントは最少量にする。因みに3オメガ脂肪酸は有効ですが、銀杏の葉のエキスは、効果はないようです。歩行する。話す。睡眠時間は多く取る事(65歳以上の平均睡眠時間は5時間45分)、私見ですが、睡眠薬を飲んでも8時間は寝る。「もう年だから、もう良い」とは思わない。億劫がらない(まめに生きる)、生活習慣病を増悪させない。バランスの良い食生活(3食食べ、欠食はしない、肉タンパク質を意識する)。
 転倒しない、脱水に注意(脳梗塞、心筋梗塞の発症予防)、誤嚥しない、風邪を拗らせない、入浴は気を付ける。
 元々より行なっていた生活習慣(食事作り、家事、年賀状を出す、同窓会に行く等)、趣味はやめない。

 更に私見ですが、終活はしない(人生終わりの時期と思わない、思うと億劫や怠惰になり易くなり、知性を使わなくなる)、その代わり高活(社会に役に立つ事、地域、友人、知人コミュニケーションの維持、地域コミュニケーションネットワーク社会の再構築)を担う。

 昔から、薬のない時から、認知症の方には「生活で不安、恐怖感を感じる事は避ける。生活環境(引越し)、生活習慣は変えない」と指導して、何とか医療をしておりました。
 今は治療剤が進歩し、これからが本当の医療になるかと思っております。


 
令和5年6月
医療法人社団野崎クリニック( http://www.nozaki-clinic.or.jp/ )  
杉並区医師会精神科医会会長   野崎 純
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