病気の話

【第68回】
急性腹症について

(T)はじめに

 小生44年前に消化器外科の門をくぐって以来現在まで、消化管内視鏡による診断治療と消化器外科の経験を積みながら術者としてあるいは指導医として後輩を育てながら現在に至っております。その中でなお臨床の場で緊張するのがいわゆる急性腹症の患者様を診療する場面です。
 そこでこの機会をお借りして急性腹症についてその全体像と現時点での小生の考えを述べさせていただきたいと思います。

(U)急性腹症とは

 急激に発症した腹痛の中で緊急手術を含む迅速な対応を要する腹部疾患群のことです。(参:急性腹症診療ガイドライン2015)
 要するに普通の軽症の腹痛ではなく、速やかに診察・検査・診断に努め適切な治療を開始しないと重篤に陥る可能性の高い疾患ということです。

(V)急性腹症に含まれる疾患の例(一部)

◎急性炎症性疾患
  急性虫垂炎、急性胆のう炎、急性膵炎など
◎穿孔(穴があく)、破裂
  胃・十二指腸潰瘍穿孔、大腸穿孔、大動脈破裂など
◎血行障害
  上腸間膜動脈閉塞症、S状結腸捻転症など
◎腸閉塞(イレウス)
  単純性イレウス・複雑性イレウスなど
◎結石症
  尿管結石、胆のう結石など
◎その他

(W)診断法

(1)

問診による臨床症状・理学的所見

典型的な場合は診察時の所見からある程度推測することができます。
頻度の多い疾患から述べてみましょう。

 1)

急性虫垂炎

右下腹部に限局した自発痛と圧痛。時に筋性防御。発熱あり。

 2)

尿管結石

右あるいは左の側腹部から下腹部にかけての突発的な激痛で体を曲げて動けない状態。痛みが激烈な割には全身状態の重症感が乏しい。

 3)

急性胆のう炎

右の肋骨の下方(季肋部)あたりの自発痛と圧痛。時に筋性防御あり。発熱あり。

 4)

腸閉塞

お腹の張り(膨満)が著明。痛みが強いときは絞扼性の可能性ありで要注意。嘔吐。排ガス・排便の停止。

 5)

胃十二指腸潰瘍穿孔

突然の上腹部痛と痛みの持続。上腹部が板のように固く触れる(板状硬と表現される)。

 6)

大腸穿孔

下腹部の痛みと筋性防御。全身状態の重症感あり。時に血圧低下・ショック。

 7)

上腸間膜動脈閉塞

漠然とした腹部全体の痛み。筋性防御は明瞭ではないが、重症感が強い。血圧低下・ショックなどが稀ではない。

(2)

血液検査・尿検査・心電図・レントゲン検査・超音波検査・CT検査など

問診・診察に続いて以上の検査を速やかに行います。特に超音波検査とCT検査、なかでもCT検査は必須の検査です。
CTのおかげで急性腹症の早期診断が飛躍的に向上しました。

(3)

頻度の高い疾患のCT所見

 1)

急性虫垂炎

虫垂の腫大、壁の造影増強。周囲の脂肪織浸潤(dirty fat sign)

 2)

尿管結石

結石像

 3)

複雑性腸閉塞

異常に拡張した小腸像、腸管の捻転や血行障害を示唆する所見など

 4)

胃十二指腸潰瘍穿孔

遊離ガス像、腹腔内液体貯留など

 5)

大腸穿孔

腸管外の遊離ガス像、脂肪織浸潤像

 6)

その他

(X)治療

 以上の検査の結果に基づいて適切な治療方針を決定します。
 外科的治療が必要な場合は緊急手術となります。又、外科的治療以外に放射線画像をもとに血管内に閉塞物質を詰めて出血を止める方法(IVRと呼びます)や内視鏡的に結石を摘出したり胆汁を排液したりする方法もあります。
 又、疾患によっては内科的治療が中心となる場合もあります。急性膵炎は基本的に内科的に治療しますし、腸閉塞も絞扼の所見がなければまずは内科的治療からスタートします

(Y)急性腹症診療における課題

(1)

超音波・CT検査を含む検査体制が整っているか?

(2)

画像診断(超音波・CT)の診断精度はどうか?

 救急対応を行う病院全部で放射線専門医が常駐しているとは限りません。救急対応を行う医師は常に急性腹症の画像診断の向上に努力しなければなりません。

(3)

患者さまへの病状説明を十分に行うこと。

 診断ができて治療を行う場合のインフォームドコンセントの重要性は言うまでもありませんが、画像検査にて診断に迷う場合もありますので担当する医師は得られた情報をもとに真摯に検査結果を説明し、入院後も注意深く患者様の経過を観察し病状の変化をチェックしなければなりません。
 仮に外来対応となった場合は、患者様あるいは家族に自宅での症状の経緯に注意すること、症状の悪化あるいは継続する場合は再受診すること、又初期には異常所見が現れず、時間とともに明らかになることなどをしっかりと説明しなければなりません。
 これは非常に大切なことです。

(4)

自分の診断に不安があり、又症状の変化の際にすぐ対応できる体制がなければ高次病院に紹介することを考慮すべきと考えます。

(Z)症例

 急性腹症とは少し異なりますが、交通事故で左橈骨尺骨骨折をきたしさらに空腸破裂を起こした症例を経験しましたので経過を提示します。

・症例:31歳 男性
 バイクに乗車中乗用車と衝突して夕方に当院救急外来受診。
 左前腕変形、左上腹部に軽度の打撲。主訴は左前腕の痛み。レントゲン検査で左の橈骨尺骨遠位部骨折あり。腹部造影CTで右横隔膜下に少量の液体貯留、骨盤内に中等量の液体貯留を認めた。来院時に軽度の左上腹部痛を訴えたが、腹膜炎の兆候はないため腸間膜損傷の可能性を考え経過観察とした。骨折部の変位があることから同日夜に整形外科的に創外固定術を施行し、その後入院、経過観察とした。夜間から徐々に上腹部痛が増強し、早朝には腹膜刺激症状がみられたため早朝に造影CTを再検した。
 その結果、右横隔膜下の液体は増量し、かつ内部に遊離ガスを認めたため消化管穿孔と診断。緊急手術となった。
 開腹すると腹腔内に大量の胆汁を主体とする液体が貯留していた。腹腔内を精査すると空腸起始部にてほぼ完全に腸管が断裂していた。その他の臓器には異常を認めなかった。
 断裂部を縫合再建し、10Lの生理的食塩水で洗浄、排液ドレーンを挿入して手術を終了した。その後入院11日目に左橈骨尺骨骨折の観血的手術を施行した。患者様は腹腔内遺残膿瘍を呈したが、エコー下穿刺ドレナージと抗生剤によって改善し、元気に退院した。

([)まとめ

以下の点に留意しつつ急性腹症の臨床に当たりたいと考えています。
(1)急性腹症の患者に丁寧な診察が重要であること。
(2)急性腹症の画像診断の向上に普段から努める。
(3)診断確定後に速やかな治療を行う。
(4)診断に迷いがあるときは軽症の時は十分な説明の上で注意深い経過観察。
   中等症以上の時は高次の施設への紹介を検討する。


 
令和3年10月
山中病院(https://yamanaka-hp.jp/
斎藤 節
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