病気の話

【第65回】
背骨の病気は健康寿命を脅かす〜腰部脊柱管狭窄症について〜

 近年の医療技術の進歩はめざましく、昔から大病と言われていた疾患も薬で治療・予防できる時代になりました。現に日本は男性の平均寿命が81.41歳、女性が87.45歳となり、男性は世界第3位、女性は5年連続世界第2位(2019年度)の長寿国として認められています。しかしながらその一方で、自立した生活を送れる期間「健康寿命」は、平均寿命より男性で約9年、女性で約12年短いことが分かっています。

   

 厚生労働省の発表によると、介護が必要になる主な原因は、脳卒中・認知症に次いで、運動器の障害である「骨折・転倒」・「関節疾患」・「脊髄損傷」が全体の約1/4を占めています。みなさんご存知の通り、人間の体は内臓器だけではなく骨格・筋肉といった運動器で支えられています。特に背骨は骨格の大黒柱であり、背骨の病気によってバランス能力や移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもりや転倒のリスクが高まります。また、背骨が曲がることにより内臓が圧迫され、逆流性食道炎や便秘等の胃腸障害、肋間神経痛や心肺機能の低下まで引き起こされます。背骨をいかに健康に保つかが、健康寿命の延伸の重要なポイントとなります。

 

 それではこれから、健康寿命を脅かす背骨の病気の代表選手である「腰部脊柱管狭窄症」について、ちょっとだけ勉強してみましょう。

 

 加齢にともない背骨のクッションの役割をしている椎間板が変性・膨隆し、神経を圧迫する病気が腰椎椎間板ヘルニアです(図1)


図1.腰椎椎間板ヘルニア


 好発年齢は20〜40歳台と比較的若い年齢に発症しますが、更に50歳台以降になると椎間板の変性・膨隆(椎間板ヘルニア)に加え脊柱管(神経の通り道)の後方に位置する黄色靭帯が肥厚します。この状態が腰部脊柱管狭窄症であり、神経の圧迫や循環障害によって、様々な神経障害が生じてきます(図2)


図2.腰部脊柱管狭窄症

赤矢印:椎間板の膨隆(椎間板ヘルニア)
黄矢印:黄色靭帯の肥厚

 つまり椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症はまったく別の疾患ではなく、脊椎の加齢性変化として一連の流れのうえにある疾患といえるのです。

 腰部脊柱管狭窄症の症状は腰椎椎間板ヘルニア同様、下肢の痛み・しびれ(坐骨神経痛など)が多いですが、脊柱管狭窄症特有の症状として間欠性跛行があります。間欠性跛行とは、立位歩行時に下肢痛などの症状が増強し、座位による休息で症状が軽快するものです(図3)


図3.間欠性跛行の病態(左:立位歩行時、右:座位休息時)


 これは立位歩行時に腰椎前彎が増強し黄色靭帯がひだのように前方へ膨隆することによって脊柱管が狭められるためであり、下肢痛で歩行が困難でも自転車は痛くなく乗れる(前かがみの姿勢だと黄色靭帯が伸長し脊柱管が拡がるため)という場合が多いです。

 診断はMRIが有用であり(図2)、治療は椎間板ヘルニア同様に内服療法・リハビリ療法・ブロック療法などの保存療法が用いられます。保存療法が効かない場合や神経障害が重度の場合(下肢筋力低下・膀胱直腸障害など)は手術療法が必要となります。手術の方法は、後方から骨と黄色靭帯を切除し脊柱管を拡大する椎弓切除術が多く用いられますが、腰椎すべり症や腰椎不安定症などを合併している場合では、脊椎固定術(骨移植・金属による固定など:図4)も必要になる場合があります。


図4.脊椎固定術

 このような背骨の病気を予防するポイントは、20歳台からの姿勢の悪化、30歳台からの体重増加、40歳台からの運動不足に気を付けることです。特に筋力低下×体重増加×体の柔軟性低下が重なると背骨に負荷がかかり、変形や椎間板変性、黄色靭帯肥厚の原因になります。内臓が元気で平均寿命が延びても、足腰が立たず寝たきりの時間がただ延びただけでは本当の長寿とは言えません。“背骨を元気に、人生100年時代を乗り越えましょう!”

 
 
令和3年7月
オオタ整形外科クリニック(http://ota-seikei.com/
太田 義人
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